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名刺やショップカード、チラシやフライヤー、のぼり、ポスターなど、お店のオープンに必要な販促物や店頭ツールをデザインから印刷までまるごと承ります。どうぞお気軽にご相談下さい。※サービスエリアは神戸市内のみ

DTPデータ作成を承ります

アドビ・イラストレーターやインデザインでデータ作成いたします。広告会社様、デザイン会社様、フリーのデザイナー様などどうぞご活用下さい。

写真・画像の修正・加工など承ります。

●モノクロ写真のカラー化 ●MRI写真のカラー化 ●古い写真プリントの修復 ●色変換 ●色調補正 ●画像合成 ●遺影写真作成

滋賀県 福泉寺様より、
カラー化の依頼がありました。(掲載承諾済)

退色したカラー写真が鮮やかに蘇ります。

西郷隆盛 写真 ドイツより発見される!
税込35,000円 額入り
乃木希典 大山綱良 西郷隆盛 山県有朋
川村純義 勝海舟 Julius Helm 西郷従道
維新をやったサムライたち!!
税込35,000円 額入り
この写真はミステリーと言われるものではない。また、合成写真でもなく秘密めいたものでもない。
一枚の画像であり当時としては最高傑作写真であり、技量的にも上野彦馬以外の人が撮ったものと確信する。
この写真を佐賀の人だとか何だとかこじつけて隠蔽しようとする輩は、これが世に出る事を望まない不都合があるからである。
また、この時代、この面々が口を閉ざさないと維新は成立しなかった背景もある。
士農工商を廃止し、皆平民にしたのもこの侍達。
日本人としての基礎を成した彼らを闇に葬る事はもってのほか、偉人として讃えこの先も日本人の鏡とすることこそ大事。
現在、我々があるのもこの人達のおかげと感謝することこそ日本人たる日本人だ。
真実は最後まで隠し通せるものではない。
フルベッキがいなかったら維新はできなかったであろう

~ オ リ ジ ナ ル 開 発 商 品 ~ 詳細はクリック!


この動画の使用をご希望の方は、当社までお問い合わせください。

龍馬ファン必見!
坂本龍馬・お龍 カラー化写真
各15,000円(税込)※額付き・送料別
坂本龍馬 立ち姿
坂本龍馬 腰掛け(屋内)
坂本龍馬 腰掛け(屋外)
お龍
龍馬のカラー写真の版権は当社が保有しております。ご使用をご検討の際は当社までご相談ください。
昔流行したポールアンカの「ダイアナ」の曲を思い出し、
富士山をダイアナに見立てて作曲、作詞致しました。
Yahoo!、Google、YouTubeなどで「世界遺産はふじの山」で検索するとすぐに出ます。
下の文字をクリック!(Youtube)
 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 
富士山曲youtube
こ れ ま で の 作 品 (カラオケ付)
日本維新マーチ
橋下維新を応援する軽快な行進曲です。2014年12月1日に作りました。
再生する

平成バブル音頭 居酒屋小唄
バブル時代に作った曲で、有線でリクエストもできます。
再生する 再生する
神戸清盛音頭/若武者清盛音頭 平成維新音頭 世界遺産は富士の山
大河ドラマ「平清盛」に
合わせて作りました。
維新の会、橋下氏を
応援するための曲です。
富士山の世界遺産登録を
祝って作りました。
神戸 清盛音頭 再生する 再生する 再生する
若武者 清盛音頭 再生する    

特別新報!
お雇い外国人の研究
 重久篤太郎(しげひさ とくたろう)
 昭和59年1月12日没
 Julius Helm の遺族に面会を求め、神戸と横浜を数回に渡って訪問。
 伝記資料と写真を入手
 Julius の弟、Karl よりドイツ語で書かれた伝記を受け取る。
 1935年8月16日に Julius Helm がドイツ語英語に翻訳されたものを受け取る。

その後、この資料は、大阪大学名誉教授の
 梅渓 昇(うめたに のぼる)(1921年生まれ)が受け継ぐ。
彼がこの伝記の英文から日本語に翻訳したものもある。が全文ではなかった。


横山様

 「お雇い外国人」の本を同封いたします。
貴重な本ですので、用事が終わりましたら、返却をお願いいたします。

平成27年7月17日
西村勝利
西郷がいなかったら日本の明治政府はなかったであろう。
その西郷の写真が定説では撮られていないとか、日本の某大学の有名な学者までがボケているとかはっきり鮮明に出ていないとかいって、いい加減な事を言う学者は排除、除名すべし。日本の恥と思え
当時は陸軍式御服のみで、海軍式は制定されていなかった。
こうして伝記までドイツから出て
きて、風貌も40歳からドイツの医者に胸の痛みを訴えて、毎日、西南戦争の終了まで10キロの山道をうさぎ狩りなどで体づくりをして、日本のダイエットの第一号であることぐらい認識せよ。
こんな事からして明治7年頃はスリムになっていた事が考えられる。
国内に住んでいるはずの、写真に写っている孫達は一体どの様に感じているのか。それでも日本人か。
それも外国から出てくること自体、自分の父母の写真がないのと同じで、また、それ以上の原点ではないのか。
そうでないと
倒幕をなし明治政府を作った不平不満の武士達を道連れに、国内に二度と暴動の起きないようにした西郷を反逆呼ばわりすること自体がおかしい。
それではあまりにも
国を思う西郷が不憫ではないか
もっと
真剣に探していけばこれくらいの写真はあるはずなのに。
西郷隆盛 写真 ドイツより発見される
この他、伝記も2013年1月にオーストラリアのおばさんのところから発見されたものである。
東京の日本語学校を介して西村先生を知り、報知の谷口氏よりカラー化依頼があり、当方でカラー化をスーパーインポーズしてやり、先方に送ったところ大変喜ばれた。すでに神戸の歴史学者(名誉教授)より信憑性が高い物として2014年5月22日にラジオ関西で放送された。
大変な事になりそうな感じがする。

まずは抜粋するに、ジュリアス・ヘルムがドイツ語で伝記として残し、書かれたもの。

1874年3月東京の政府から上京するように連絡が入った。
陸軍省に招かれ、軍の重鎮がいるので記念撮影をした。
和歌山で陸軍創設の折、西郷従道とは面識があった。そこで兄(西郷隆盛)を紹介された。
前年11月に鹿児島に帰っていた隆盛は、従道が直ぐに台湾に行かなければならなくなり、弟が兄に台湾の状況を聞くために上京してもらった、と言った。
従道が立ったままでいいか聞いていた。座るとお尻が痛くなる。と言ったので皆が大笑いをした。

これは長い獄中生活で象牙病(フィラリア)風土病にかかっていたことを立証出来るものである。
下記に1874年3月陸軍省により撮影された8名を紹介する。
弊社に2種類の写真が送られてきたので、2カット以上が撮影されたと推測される。
後列に立った人物と座った人物を比較すると、人物の大きさ、勲章の大きさからして違いが分かる。
これが写真と言うものだ。
レンズ収差があるため、後方の人物はこのように小さく写る。
西郷は会った人によって外見が違っていました。
40歳を過ぎた西郷は胸の痛みを訴えて、栄養学の草分けといわれるドイツ人のホフマンの診断を受け、日本で最初のダイエットを実践します。そのために内臓が弱り、糖尿、その他色んな病気を併発していて毎日10キロの山道を歩き、うさぎ狩りをしていたといわれる。この行動が西郷の像で、戦死するまで続くとされる。そうしたことから考えた場合、この写真が物語るように痩せた風貌に変わった事が推測される。このように西郷は、その人生で肥満の時期と痩せていた時期があるので、見た人によって印象が違うのです。
外国から写真が出てきて、日本からはこれだけの人物が撮られているのに、ただ1枚の人物の写真が出てこないということは、私の推測によると、西郷が西南戦争の罪人になった事で、同じように見られたら自分に身の危険を感じ、焼却処分した事が言える。このことからしても隠蔽体質は抜け切れていない。
私の仲間が手をまわして捜してもジュリアス・ヘルム以外の人物の行動など1874年1月から7月までの記録、日記等あいまいな事で抜け落ちている事からしても言えることだ。

私自身が(公財)西郷南洲顕彰会に連絡をとったところ、1874年1月から7月12日までの記録、日記がないとの返事があった。

フルベッキ写真を3D変形させたもの 沖永良部の西郷隆盛像


フルベッキ写真の西郷隆盛と
沖永良部の西郷隆盛像を
スーパーインポーズさせたもの

俺が西郷隆盛だ!

直系の曾孫である、西郷隆文さんの写真とスーパーインポーズを試みたもの
(西郷隆文さんに掲載の許可をいただいております)

この様な基軸の崩れた教育をしていたら、この日本は自滅する
歴史を偽っている教育をしていたら本当に自滅あるのみ
<フルベッキ写真について>
『日本歴史』への島田隆資氏の寄稿文で氏は江副廉蔵氏のご子息夫人からの昭和47年5月20日の手紙を紹介しています。 東京大田区に住んでいた江副暢子女史(日本画家・故人)からで「・・この写真は私の舅(義父)、江副廉蔵の記念のためため私が持っているものでございますが、もしお望みでございましたらいつでもお目にかけます。・・・江副廉蔵は前列、左から三人目に座っております。これは生前の父から直接聞きましたからたしかでございます。またいちばん左はしは木戸さんか、岩倉さんでございます。西郷さんのほか、伊藤さんも大隈重信も石橋重明も居ると父から聞きました・・・」


弊社の白黒写真をカラーにする技術が、日本テレビ 「世界一受けたい授業」 で紹介されました。

テレビ朝日 「情報満載ライブショー モーニングバード!」 アカデミヨシズミ

BSジャパン 「蘇れ!震災に消えた日本の宝 ~六角堂復興プロジェクト~」

名ばかりの学者ではただ生きているだけだ。
真実を知りたいと思ったら、どの分野でも学問とは解剖調査、
分析で調査して判断するのが現代の科学と言うものだ。
先のフランスでナポレオンの遺体を掘り出して調べた事があるが、
日本もこれに習って近代歴史を陽の照るところに出してみてはどうか。
たとえ見分けがつかぬほど変わり果てていても
今の科学を持ってすれば面相が判明する。
そして正しく歴史認識を持つことが大事だ!
西郷がいつも持って離さなかったという、竹のムチ。
この事実は複数の書物で紹介されている。
これらはカラー化した写真の原画を部分的に拡大したものです。
全国から情報が寄せられていますが、この高精細写真も湿板写真であるが故に全体的にダブリングを起こしています。

西郷もキリストを知り、「敬天愛人」という言葉を残している。
フルベッキより教えを乞い、皆に教えているところが
鹿児島の顕彰館で発表されていて我びっくり。
マントも写真に写っている物が飾ってあった。
益々明るみに出始めた感じなり。

某情報提供者から依頼があり、弊社に集まっている一番古い写真と、新しい画像をカラーにしたものを、それぞれ情報提供者のものとスーパーインポーズを試みたものです。


下記の全体的な写真が世に出ている。
元の原版スタジオではなく、石畳のある玄関先で下駄の置いてある所は花壇か植木があったと思われる。
太陽の光が燦々と照りつけていないと、これだけの人物を湿版写真で撮るのは至難の業である。
フルベッキ写真は日本史上重要な写真だとグリフィス(ポーツマス条約調印の小村寿太郎の恩師)が述べている。
弊社も昭和46年まで湿版写真をアーク燈で原稿に光を当てて現実にやっていた。
某提供者からの明治天皇の写真で
スーパーインポーズを試みたものです。
高知県出身の元宮内庁大臣の田中光顕氏と司法大臣の山田あきよし氏が
実は明治天皇は孝明天皇の皇子ではないと公言している。


実体経済の伴わない景気は栓の抜けたサイダーと同じで
もっとまずい水を飲む事になろう。
絵に描いた餅以上の事になろう。
足が地に着いていない。浮かれるな!!


先日の安倍・プーチンの会談など全然なっとらん。
風呂の中で屁をこく様なことばかり言って、
何を相手に気を使っているのだ。
冒頭にあなた方とは戦争はしていない、
一方的に不可侵条約を破って多大な人命と
被害を与えたのは貴国であるとなぜ言わぬ。
戦争に負けたのはアメリカ一国であって
私達の気持ちは今も同じであるとはっきり言える、
それが外交というものだ。
一方的に不法占領を70年もするとはどういう事か、
それを片付けてから経済的な話をしようではないかと、
これが当たり前の外交ではないのか。
これが逆に日本がソ連国に対してこの様な事をやっていて、
そんな言葉でやられたら返答に困るであろう。
この様な外交では今までの外交と変わらない、
あと半世紀経っても返って来ないであろう。
何をのんきな話をしているんだ、
国民は現に窮状な状態に置かれているのを認識せよ。



この写真の中に西郷が写っていると言う事は、江副氏の娘さんの述べている通りで
鹿児島の顕彰館では西郷がカトリックの布教をしているところが最近ではあるくらいだ。
西郷はこの写真に撮られている時代から切れぬ仲になっていたことを立証するものである。


フルベッキがいなかったら維新はできなかったであろう
フルベッキを学校教育しておけば!

大きく変革していた 近代日本史

朝廷を支える公家の実力者、維新の陰の仕掛人として暗躍した岩倉は明治4年に結成された欧米使節団の団長に選ばれ、1年半にわたる欧米視察の実績が明治政府の原動力となった。しかし、外交には全くの素人の岩倉具視です。
その窮地を救ったのは、大隈重信でした。大隈に長崎の英語学校で聖書を教えた宣教師フルベッキは、世界に出て行く日本の外交方策について「ブリーフ・スケッチ」という英文の意見書を書いている。大隈はそれを日本語に訳して岩倉具視に提出したのです。
フルベッキの外交政策には聖書の真理があり、自分がしてほしいことを、他人にもしなさいと言う教えがあります。
国の交渉にあたって、自分の国益だけでなく相手の国の国益も配慮するといった事を提言しています。
又、使節団には、開国派の要人だけでなく開国に反対する要人も同行させることを忠告して岩倉具視使節団団長に全権大使という肩書をつけることを提案したのもフルベッキで、このフルベッキの提言がなければ日本初の欧米使節団は多くの実を結ぶことは出来なかったであろうと言われています。明治5年1月、岩倉使節団がアメリカのワシントンに到着した時に、そこに一人の日本人青年が通訳として招かれていた。当時、ボストンのキリスト教の神学校に通っていた新島襄で、今、NHK大河ドラマ「八重の桜」の八重の夫となる人である。
元治元年(1864年)新島襄は函館からアメリカに向けて日本を密出国した群馬県安中藩士です。
新島襄もアメリカでキリスト教に改宗、キリストには真理があり、単なる方便とすべきではないと言って新島襄のビジョンに感動した一人が、副団長の木戸孝允である。
新島襄が帰国後、同志社大学を設立する時、最も協力した政治家が木戸孝允であると言われています。




高橋先生より南沢先生が受け取った写真を弊社に提供していただき、
その写真でスーパーインポーズを試みたものです。

ご覧になった皆さんで判断をしてください。
東郷平八郎 樺山資紀 仁礼景範 伊東祐亨 川村純義 西郷隆盛

外国に工場誘致がはじまり出した時代に作ったカレンダーです。(昭和53年)
 以前、私は『大地の子』を見て涙しました。世の中、グローバル、グローバルと聞き慣れた言葉の名のもとに、こぞって資源のない国が他国に出かけて逆輸入し、我先に走って空洞化、フリーター等、景気の悪い話を自分から作っている。
 自ら汗を流して物作りをして頑張っていく知恵がなく、自分だけでもこの場を凌がんが為なのか、かって戦前に他国を侵略し、何百万もの国民を送り出し、未だに諸問題を引きずっているのに、忘れるのも早い国民・企業・政府だこと―。
 私も自分の年齢を考える時、もし満州にいたら、この世に存在しなかっただろう。時代は繰り返すというが、10~15年後にはグローバルと言った言葉に翻弄され、他国に出て安い賃金で使ってもピンチが必ず来て、企業孤児として同じ事を繰り返す事になるであろうと嘆きたい。
 「平家を潰すは平家」ということわざがあり、日本を潰すは日本人と言えるのではないか。
 『大地の子』を見てそう思ったのは私だけだろうか?
 中国の故事に、“狡兎死して走狗煮らる”という諺があり、よく肝に命じて使い捨てにならぬよう、企業諸君、政府の諸君、同じことを繰り返すなかれ。


(代表取締役  横山 稔


モノクロからカラー化
昭和天皇、マッカーサー元帥と会見
昭和20年9月27日、アメリカ大使館に於いて

『昭和天皇、広島の原爆を語る。』
下の画像をクリックすると動画が再生されます。


正に基軸が崩れた教育をした結果がこうなったのである
 今年も8月15日が来てテレビ等、シベリア抑留、原爆、沖縄、満州からの引き揚げ特攻機問題等、色々とテレビで放映されていた。
 一番大事なのは、すべて灰になるまでやった、もっと早く手を打つべきであった事を討論して欲しいものだ。
 トップはすべて全国の状況は把握していたものと思われる。
 「今はただ恨もあらじ諸人の命に代わる我が身を思えば」と三木の城主、別所長治の辞世の句を思い出す。
 
国主たるもの、このようにありたいものだ。
 この勇気と行動がすんぶでもあれば、日本のトップとアメリカのトップが話をして、早目に終結する方法は取れなかったのであろうか。そうすれば互いに被害も少なくて済み、死者も少なかったであろう。
 すでに飛行機がテニアンから飛んで来る時に竹槍の訓練をさせるのはおかしいのではないか。
 ベトナムでも弓矢で飛行機を落としたと言う話しもある。
 そう言った事で、上手な敗戦の仕方も作戦の一つである。
 来年は、こう言った問題をテレビで討論して欲しいものです。
平成25年8月15日


戦争というものは昔から弱い婦女子を第一に泣かすのが恒で、
近年では戊辰戦争、大阪の夏の陣の時など大阪の婦女子が
武士たる者にどれだけ辱 めを受けたか記録に残っているほどだ。
これほど落ち着いた世の中でも責任ある上司がセクハラなどやったり、
人間は年中発情する動物で一般の動物は春とか夏とかに発情するが仕方な いか
それをきれい事でいってる各人は自分を鏡に映してみよ
悲しいかな上半身、顔など美辞麗句を述べて
下半身は全く動物以下の行動を取ってはいないか。
正に先だっての橋下発言は正論であり何も誰に謝る必要なし。

私が小学2年の時に新聞に掲載された、
アメリカの黒人兵が風呂屋に入って暴行をした記事を今も忘れない。
その他、日々日本全国こういった事件があったものだ。
三木城主、別所長治の辞世の句に
今はただ 恨みもあらじ 諸人の 命に代はる 我が身と思へば
(23才)
という句がある。
国主たるものこうありたいものだ。
この戦いは負けたと思った時に敵地に乗り込んで行き交渉する勇気がなぜなかったか、
この負け方が70年経っても尾を引いてる感じがする。
正に橋下市長は正論を言ってると確信を持って言える。

瞬発力のある行動力

気配り目配りのできる橋下氏なら

市長も総理大臣も兼務できる

この世に二人と出てこない政治家だ
<橋下徹でないと、この国は立ち行かん>
日本全国 維新の会 船中八策を応援しよう
原発を再開するんだったら、発電所関係者、各大臣の個人保証をとってやれ。
我々も色んな事で個人保証をとられてるんだ。
再生エネルギーも皆の英知を結集して、各家庭でも金をかけずに発電する方法があるはずだ。

橋下大阪市長、大阪維新の会を応援する 『平成維新音頭』
↓↓↓画像をクリックすると音楽が再生されます。(カラオケもあります)↓↓↓

世の中すべてエネルギー問題で狂ってる。
既に第三のエネルギー、クリーンエネルギーが出ていること、
家庭で発電ができる状態にあるのに急いでこういった問題に取り組まない。
なぜだ、これも利権絡みか!
世界に先駆けて開発した八木アンテナのレーダーも採用されずに
イギリスが採用して勝利したという前例がある。
こうした二の舞を演じない為にも今が大事な時だ。

フリーエネルギーの井出治氏、佐野千遥氏の技術、
HHOで動くクリーンな車、マグネシウムで動く車など、
他、色々あるのに未だに本腰を入れない寝ぼけ政府としか言い様がない。
拙速を尊ぶ心に欠けている。





この国は先の尖閣問題と同じで隠ぺいに始まり隠ぺいで終わる。
気が付いたら先人たちが作った国も4分の1の領土になり、全くいやはや…情けない。
頭でっかちの人間が携わった国づくりはもはや終焉を迎えようとしている。
議論ばかりやり、正に言っている事は義にかけて口は貝の如し。国会・市会を始め、議員の事を言う。
選挙の為の選挙で良き政治の為の選挙から逸脱していて実に日本のヒトラー(前半のヒトラー)
のような人間が出てこない限りこの借金大国からは脱出できないだろう。
船頭多くして船山に登るの言葉の如く。百聞は一見にしかず。
隠ぺいは大罪だ。最後まで隠し通せるものではない。
信長の時代ではないのだ。写真が現存しているのだからもっと維新の夜明けを正しく公表して国民に知らせよ。
文献日記などは気分次第で書かれていることもある。いい加減目を覚ませ。
明治からの「過信、隠ぺい、おごり、利権」これが今もって続いているのが最大の汚点で国民を欺いている事である。



グローバルの先駆者であり、
近代日本の父と言われるフルベッキを教育しないところに
陰湿めいた日本歴史最大の汚点がある。


ネットでも一瞬にして世界を回る時代、
これも皆明治の夜明けの舵取りを大きく間違えた事に気が付かねば同じ結果になる。
井の中の蛙の諺があるが、蛙にもなってないおたまじゃくしの分際で懸命に世界に学ぼうと
フルベッキ先生が岩倉使節団を差し向けたアメリカの議会政治の在り方、
産業革命の凄まじさを建国100年足らずでやってる現実を見習ってやっていればの一念であったと思う。
国の繁栄はパートナーによって決まる。
明治の夜明けからアメリカを真似てやっていれば間違わぬものを。
結婚もパートナーによって左右される事と同じだ。

今頃は日本、アメリカ、イギリスとドリーム世界で仲の良い国家間ができていたろうに。
夢々、フルベッキ先生もアメリカと戦争するなんて、
まして唯一の原爆の被爆国になるなんて、あの世から嘆いている事でしょう。

ネットは世界を一瞬にして回る

この写真は明治28年に戸川残花(勝海舟の親戚がフルベッキより写真を借り受けて)によって
太陽という雑誌に発表され、時の政治家、伊藤らによって隠ぺいされたもので、
すべてこの写真が原点に始まり、勇気ある政治家・学者がいて実情を公表しておけば…

読んで字の如く
明るく治まる明治の夜明け
大きく正して大正の
おのずとあきらかで和解の昭和になりにけり
この感じだと平成も平成にいかないみたいだな

過信(思い込み)、おごり、隠ぺい、利権がなければ
日本の歴史は大きく変わっていた!

近代日本の父と言われているフルベッキの写真を小学校の時から教育していれば、
隠ぺいしないでいれば!それが悔やまれる。

フルベッキを教育しない由縁

 日本史上重要な写真である。早稲田、東大、学習院もフルベッキなくしてできていない。原点はこの写真にあり。
 明治の夜明けを皆に知らしめ包み隠さず良き事も悪い事も公表し、しっかりと教育をしていれば断じて下手な戦争をするような事にはならぬものを、皆が盲同然になるような隠ぺいばかりやるから結果的にこうなったのである。読んで字の如く、明るく治める明治ではなかったのか。
 この写真を見て、知らなさすぎる日本人が多すぎる、又、知ろうともせず心霊写真だとか寝言を言う奴もいる。
 中には写真がどうのこうのと、重箱の隅をつつく様な事ばかり言って大局的に歴史の基本から逸脱している。湿版写真(経験55年)だからダブリングをしているところが多くある。ただ、フルベッキと言う人物を囲んだ明治の大物がいる事は間違いないという事だ。
 
フルベッキという偉大な人物が日本にどれだけ貢献し、写真に写っている面々が日本を背負って立つ経済人、学者、諸々の人に育っていったか。鎖国といった制度もなくなり近代日本を築きはじめたことを、大勢の人がこの写真を見てフルベッキ写真に乏しいことを改めて知った。
 70代、80代から多くの意見が当社に来ているが、全然知らなかったが80%、15%が偽物、5%がわからないと言った意見である。
 何も歴史好き興味のある人だけが見るものではない、歴史というものがあればこそ我々は存在することをしっかり教育することこそ哲学を教える事より大事な事で、明治の歴史教育を教えないし日本史上重要なフルベッキ写真は隠ぺいするし。

 特にポーツマス条約の仲を取り持ったアメリカ、バルチック艦隊の運河を通る事を拒否したイギリスなどに恩を仇で返すような武士道精神から逸脱するような事をするから、情けない国になってしまったのだ。
 忘れたか、戦艦ミズリー号上で降伏調印の時にマッカーサー元帥が「我が先輩ペリー提督が開港させて近代化を進めた国が、他国を侵略してこんな国になった。又しても我輩が平和な国づくりの手伝いをする」と宣言したことを!
 今こそ何の仕事でもグローバルが進み変化している時代、この写真を明らかにすることこそ将来の日本を背負って立つ若者の教育には必要なり。
 このフルベッキの写真を又もう一度認識し、広く世間に教える必要がある。特に若い人達には教育する必要大なり。
正に歴史の灯を消してはならぬ。人間は愚かで同じ事を繰り返すからだ。私も九州の人間でおじさんと言う人が一人もいない。おばさんばかりで特攻隊とか戦争で引っ張られ皆戦死をしている身の上だ!
大室寅之祐
(後の明治天皇)
坂本龍馬 日下部太郎 鮫島誠蔵 大隈重信 岩倉具視
西郷隆盛 五代友厚 陸奥宗光 桂小五郎 江副廉蔵 副島種臣

この写真は 『維新をやったサムライたち』 から抜粋し、別に撮られた写真と スーパーインポーズ を試みたものです。

スーパーインポーズで再確認したところ、元治2年(1865年)3月22日に
鮫島 ら19名の留学生がイギリスに向けて出航したことから、
この写真は元治2年の1月~3月(4月からは慶応元年となる)までに撮られたと、元裁判官は断言した。
但し、
日下部太郎 は慶応3年(1867年)2月にアメリカへ留学する。

西郷隆盛 の写真は、肖像画を基に作られた沖永良部島にある銅像の写真を重ねてあります。
(下記にある生前の江副氏の証言と肖像画が一致すると言う事は「西郷隆盛は俺だ」と宣言している様なものだ!)
(この写真を見た大衆の感想は100%間違いないと、応援の意見である。)



 この写真を研究していた島田隆資氏が、江副廉蔵氏のご子息夫人から受け取った手紙には、
 生前の江副氏から、前列、左から三人目が江副氏で西郷・岩倉・木戸・伊藤・大隈・石橋さんも居ると、直接聞いたことが書かれていた。


 ・ この度の写真に対して元科学警察の協力を得て作った。
 ・ 写真は歴史学者がアメリカからメールで送って来た高精細写真を使用した。
 ・ 西郷の写真がなかったので沖永良部島の像の写真がカラーのスーパーインポーズでバッチリはまったのでそれを使った。
 ・ カラー化したのでスーパーインポーズの判別がしやすくなっている。
 ・ 横井左平太のみ写真がはっきりしないだけで他は全部OKである。
 ・ 46人の写真は高精細で袴の調子もよく出ている。龍馬の一点の写真は袴の調子も出ていない。
  推測するに上野彦馬の撮った龍馬の写真とは差がありすぎて46人を撮った人は別人であると確信する。
  (なぜなら私は昭和46年まで湿版写真のカメラマンであった。湿版写真のことなら熟知しているからだ。)


46人の侍を公開するにあたって

昭和40年代に島田氏が江副氏の娘さんから直に聞いた話を記事に取り上げて各新聞社が反発を買い、謝罪を載せた代物。
当時は何の根拠で反発したかが問題だが、特に日本人は隠ぺいが元々好きな性分で格好良くしたいもの、誰でも知られたくないものがあるはず。
そういった人達の隠ぺいが表に出るのを困っての反発だったと思う。
士農工商が廃止され、皆が平民になる時、維新を成した武士の気持ちはいかばかりであったか。
その当時の天下を変えようとする苦労たるや、今の自民・民主のゴタゴタの比ではなかったはずだ。
人のしがらみや多くの人の血が流され、北朝から南朝に変わり(明治44年、桂内閣の時に明治天皇自ら「南朝が正統である」と従来の歴史を訂正されたり、戊辰戦争に加わった高知出身で元宮内大臣の田中光顕氏が「実は明治天皇は孝明天皇の皇子ではない」とはっきり言われている)その時代の流れを変える主役たちが全て「見ざる、言わざる、聞かざる」の如き口を閉ざして言えなかったのが維新である。
この面々がその当時はそうしないと維新というものは成り立たなかったのだ。
数々の隠ぺいや諸問題を引きずりながらもやり遂げた明治の夜明けであった事が色々な文献から読み取れる。
昭和40年代から早30年余りの月日が流れ、技術的にもカラー化ができスーパーインポーズといった顔認識も可能になり、皆が学者の気持ちで見れるようになった。

この技術を見た一般大衆、歴史学者からは「これは間違いない、良く合っている」などといった応援の意見が届いている。
それを思う時、亡くなるまで情熱を込めて調べ上げた島田説には胸打つ気持ちになる。
皆が揃って写真に収まっているのも伊達や酔狂じゃない。いつの日かあからさまになる事を念じつつ撮ったのであろう。
これだけの人物写真をおろそかにするなかれ。日本人として基礎を成した侍達を偉人として讃えるべきである。また、この先も日本人の鏡とすることこそ大事。
それと写真に納まっているフルベッキ博士の人物評であるが、この人がいたからこそ龍馬ら面々の活動もあって維新を成し遂げたのであり、岩倉使節団を送ることもできたのだ。
日本に於ける貢献度たるや計り知れない。これほどの人物を教育関係者はなぜに教育しないのか。
過信(思い込み)、おごり、隠ぺい、利権がらみで教えられないのだろう。
先だってオランダ領事館に質問状を出してから3日で良き返事があったが、石原都知事、各出版社、教育関係に出しても未だに梨の礫だ。
これじゃ、日本の未来は真っ暗闇だ!

現在、我々が存在するのもこの人達のおかげではないのかと思う。
しかし現在は時代も変わり、当時の出来事など記録があるはずだから宮内庁より大衆の面前に明らかにしてほしいものだ。
決して恥ずかしいものではない、それでこそ開かれた宮内庁だ。歴史というものだ。

柴又の寅さんのセリフじゃないが、


きっと寅さんもあの世から言ってるヨ。


今もって変わらぬ!
過信(思い込み)、おごり、隠ぺい、利権
いつまで国民を騙し続ける気か!恥を知れ。

1、これに舞い上がる日本人特有の国民性がある。
2、これが国の運命を危うくする。
3、すべてのものの結果に対して先が見えなくなり、永続性がなく、落日を迎える。
  熱しやすく冷えやすいところ多々あり。
4、拙速を尊ぶ心がない。(先の大戦(ミッドウェー海戦)での山口多聞少将の戒めの言葉が生きていない。)
  (急いで物事をやる)

人の尊厳を考える時、警察当局も社会不安を煽るから公表しないだけで毎日100人以上の自殺者がいる。政治屋の政策により人殺し政策ともいえることを認めざるを得ない。民間は自己責任で何でもやるが国も国債など全部破棄させて一から出直せ。これを国民に押し付けるとは国定忠治じゃないが百姓泣かせの悪代官以上をやろうとしている。世界一の税金大国で車検とか細々しいことを言っては限が無いほど口の入るところから尻に出るものまで恐ろしいほど税金が多すぎる。またしても消費税アップ。簡単に物事を量る連中がのさばっている。一体どこまで国民を食い潰す気か!皆怒り立て。

喉元過ぎれば何とやらで、被爆国の日本がまたしても原発事故で廃墟たる有様。
一時「ハチのムサシは死んだのさ お日様めがけて剣を抜き 試合を挑んで負けたのさ」という歌が流行ったが、まるでそれを象徴しているが如く、使い捨てる燃料棒も消滅するまで何十年とかかる代物。
各国の原子力発電所もテロの集団に狙われれば国全体が根こそぎ全滅する時代に、今もって空母とか潜水艦だとかこぞって兵器のオンパレード。実に子供じみた事をやっている。軍隊の在り方も考え直す時代だ。(前々から思っていた事だが、先の大戦で真珠湾を爆撃したがターゲットを石油タンクにしぼって攻撃すれば、軍艦・戦闘機を叩くより効果的でもっとチャンスがあったようにと思う。私が指揮官ならそうやっただろう。)
太陽という原子炉が燃えて我々は自然の中で生かされていることを忘れてはならない。規模的に太陽エネルギーの1000万分の1に満たないものを人間が作り、兵器に使い、原子力発電に使い、放射能を撒き散らしている。
恐竜の時代は何万年も栄華があり、ある時隕石で滅びたが、人間はこの世に誕生してたかが何千年という歴史を「原子の火」を手に入れたばかりに自ら滅びようとしている。

上記のポスターは阪神大震災の時にお世話になった証として広島と長崎に届けたもので、
グリーンピースなどの平和団体にも行き渡りました。

広島、長崎で被爆した人々は66年にもなるのに、何ら拙速を尊ぶ心がない政治家は仕事しているのか。
にわかに東北の問題だけにあたふたとしている如き、俺に任せて皆辞めてくれと言いたい。
代議士、役人の給料を減らしても、老い先短い被爆者たちを助けるのが人間ではないのか。
俺に任せてくれたら給料なしで働いてみせるぞ。

(2011年8月6日 横山 稔)



政策を実行する者は自分自身が環境の所得にして痛みを憶え、政策にあたることが大事なり。

消費税率引き上げや国債を発行する前に、公務員・代議士は自らが率先して非常時には給料を減らすなど変動制にせよ。

国の歳入を見れば分かるだろう。民間だったら倒産している状態だ。

それを考えた時、役人は環境の所得にして痛みを憶え役人の業務をせよ。


国のやることすべて間違ってないという思想は禁物。
その証拠にこんな敗戦国になり320万の国民を犠牲にし何たる様だ。
先日の竹下弁護士の問題など300の敗訴に対し、たった10の勝訴。
なんでも竹下弁護士も国には負けると嘆いていたが、これを見て我一人むかつくなり。
先立ってNHKのスペシャル番組に長崎の紫電改のパイロット本田稔氏のインタビューで66年も経った今頃になってメディアが情報を流す有様。
あの時5時間も前から異常な電波があって長崎に原爆を落とそうとしているのに、5時間も時間があるのに何の手も打たない、すべて上層部が我が身の心配ばかりして、本来の自分の仕事に徹していれば(何分もかからず)全国に情報が流れ出撃命令が出ていてこのような長崎にはならなかったことを涙ながら話していた。
パールハーバーでも通告が遅れていたため、アメリカから宣戦布告なしに攻撃してきたと事あるごとに言われ、そのなすことすべて官僚の手落ちが多い。
現在も続く日本官僚のあり方、すべて後になって隠ぺいなどがメディアなどから知らされる腐ったやり方で、正に体質が腐っている。
隠ぺいDNAの宝庫日本、こんな状態であれば今後も山ほどこういった問題が出てくるぞ。
明治からの隠ぺい体質が国を滅ぼす。
他国でもデモがイギリスの国でもあるように、日本でも他人事ではない、明日起こるかもしれない。
(2011年8月11日 横山 稔)



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「西郷隆盛佩刀(はいとう)伝授記」 をネットに載せるにあたって


46人の侍が新聞紙上に掲載されて、親族の方などからアクセスがありました。
50年前に死別した父の持ち物の中より侍の写真が出てきて兄妹揃って分からなかったところ、新聞を見て正にこの写真だと分かり連絡があったり、また、西郷隆盛よりひいおじいさんが佩刀の脇差が鹿児島の黎明館に寄贈されているが、佩刀をした時の様子を事細かく記録され、西郷隆盛佩刀伝授記録としてこの一冊のみと鹿児島の県知事が正に隆盛の刀である旨の感謝状を添えてわざわざ当社に持ってこられたものであります。


今回は特別2人のお孫さんから許可を得て公開するに至りました。
その方は奈良の宮崎信行氏と神戸の植木正司氏であります。
今後もこの様な事が紙面に掲載される度に、埋もれた歴史上の物が出る可能性大なり。

龍馬の切手のことで

今こそ真実を語ろう

京都郵便局で切手発売において専門家の方々といろいろと調べた結果、問題なしとの事で郵便局と契約し販売に至った。
つい最近、平成22年8月14日に読売テレビの世界一受けたい授業で巨人の長嶋選手の天覧試合のモノクロ映像をカラーにしたものと、我々の会社で龍馬のモノクロ写真をカラー化したものが放映された時にある先生が、龍馬の着物の色は黒ではなく紺色であり、新しい発見であると述べられている。
この技術は様々な医学の写真など、多様に渡り行っている。

我々の会社も社歴45年、写真製版一筋、昭和46年まで湿版写真をやっていた。
恐らく日本でも最後の方だと思う。

平成22年7月7日、NHKテレビ京都で取材があり、7月8日に切手が発売される。

7月9日、京都郵便局担当者(西科氏)が来社し、増刷の件で話していると、ロイヤリティが出ないとの事で話が違い、私共の方で中止させた。
何も、お龍の写真を使用したために中止したものではない。お龍とは全く関係がない。(全て契約の時解決済み)

7月21日、NHKから電話取材があり、こちらで中止した事情を説明すると納得し、「これでは問題になりませんなぁ」と言っていた。

7月22日、京都新聞より共同通信が鵜呑み聞きし、それを各新聞社が鵜呑みしてデタラメな事を書き、全国的に発信された。
当方に各新聞社から連絡があれば、このような結果にならずに済んだ。新聞社の取材が非常に劣ることが暴露されたようなものである。

7月23日、郵便局から東京(長谷川氏)、大阪(今木氏)、京都(西科氏)、神戸(辻田氏)の4名が謝罪に来られ、もう一度やりたいのだと言われた。

9月16日、東京の長谷川氏と星野氏(法務部)が来られ、お龍の写真の件で聞かれ、こちらは20数年前に得意先より印刷物を持って来られカラー化して欲しいと頼まれた物で、その印刷物は先方に返却されているので手元に無い、その人も震災があり所在が分からない。
その時使用した印刷物を郵便局の長谷川氏が写真に撮られ、郵便局に持って帰られた。

郵便局の方も弁護士等と相談すると言われたが、何も問題なしとなり、10月20日過ぎ長谷川氏より、もう一度やることになったからと電話連絡あり。
あまりに行動が官僚的で遅いので当方から今更やってくれるなと断った。
これが実情である。

著作権は80年で切れる。
フルベッキの写真や海援隊の写真も著作権が切れて、誰でも世界中で使用されるインターネットに載っている。

美術の著作物の所有権は原作品の有体物の面に対する排他的支配権能であるにとどまるから、右権能をおかすことなく無体物である現作品の著作物の面を利用(前所有者の許諾を受けて写真撮影をした者から写真乾板を譲り受けて、複製出版)したとしても、原作品の所有権を侵害するものではない。(最判昭59・1・20民集38ー1-1)
その他、最高裁の判例もこのような事件に対して勝訴している現実がある。

私共も25年前からモノクロからカラー化はやっている。
問題点があれば、辻徹特許事務所(0797)38ー4180、郵便局本社フレーム切手部長の長谷川孝司(03)3504-4811まで電話して聞いてくれ。
いろんなところで調べた結果、問題なしとの事でTシャツやいろんな物が出ているが、何のクレームもない。
何も知らずに誹謗中傷されたのは初めてだ。

あくまでも二次的著作権として法律で守られている。私の許可なしでは出来ないのである。
今回の件に当たっては、私共は制作代、デザイン代、一切もらっていない。
約束を守らず騙したのは郵便局の西科氏であり、我々もこんな時代、社員を養うため色んな事を研究・展開している。
かつて我が恩師は、人生一生戦いの連続であると、小学校の卒業の時に言われたが全くその通りであり、死ぬまで色々とアクションを起こし頑張り生き抜いていこうと思っている。



この世に未来を保障し、将来性のある会社は存在しない。

未来性、将来性と言うものは自分らの努力によって築き、作られる砦である。

一に努力、二に努力、三に一膳の飯と思う精神が我が身を守り、我が身を繁栄させる。

                                 昭和48年10月作  横 山   稔

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