白黒写真のカラー化のことならサンメディア

日本全国不況の真っ只中。印刷出版業界は業績不振の中で仕事の取り合い。
ここで個人出版、社内出版、市・県政の記念誌に白黒写真をカラー化する技術を
取り入れて、既にオンリーワンを目指す多数の企業よりアプローチがあり、
業績アップの起爆剤として活用されています。
自費出版するなら、昔の白黒写真をカラー変換印刷してみてはいかがでしょう。
カラー再現することにより、思い出の古い写真の価値がさらにアップします。


プリント・アルバム・写真集・社史、格安。
短納期、3日で一貫生産できます。

↑オリジナル原稿
原稿をグレースケールにしたもの 自動処理をした中間データ カラー化した写真
左端すると
パソコンを使った作業風景がご覧になれます

処理前 処理後


ストップ価格競争!技術共有するパートナーを募集中!

ニセ札・ニセブランド判別ソフトによる色の変化例
(本 物) (印刷機) (プリンター)
デジタル写真で偽札判別
 下のお札の写真は、特殊フィルタを使ってカメラ付き携帯電話で撮影した画像をパソコンに取り込み、デジタル画像編集ソフト「Photoshop」で色の違いが出るように処理したものです。

 モザイク状に加工しますのでプログラム的に判別しやすいのではと思います。最終的には携帯電話のみで判別できるようにしたいと考えていますので、ソフト開発にチャレンジしてみたいという方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください!



すると動画が見られます

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当社は42年間の写真製版技術に支えられています。

商品紹介
SUN'S items information


私のポリシィーは仕事にたいして、固定観念をもたないことである。
この
にするにあたっても、100人中100人までが、不可能という固定観念をもっている。
42年間の写真製版のかたわら、20年前のアナログ時代に電子特殊マスキング法に成功、モノクロをカラーに発色させる方法を考案し、神戸新聞等々印刷紙業新聞で掲載され、朝日テレビ『モーニングショウ』にも採り上げられたりして、途切れもなく日本全国からの依頼者もあり、出来映えを見られて大変喜ばれていますが、この発色方法も限界があり、完璧をもとめるあまり益々技術的に深みにはまる現状であります。
現代快適な飛行機だが、100年以上前ダヴィンチをはじめ、いろんなひとが、イラストを書いたり、実際パリの橋の上から、人間は飛べるはずだと、羽根をつけて飛んで亡くなった人もいる。
まるで私の技術も自分に羽根をつけて飛んでいるが如く、
稚な状態に近いものかもしれない。
空を飛ぶ夢をおいかけて活動した、ライト兄弟のような存在が日本にもいたらしい。
様々の色んな人の研究により100年以上の年月が過ぎて、現在があるのである。
そうした技術の進歩を自問自答しながら私は現在も、固定観念にとらわれず、試行錯誤をくりかえしている。
エックス光線、レーザー光線、可視光線、その他諸々の開発につながる材料をさがして、日々精進している。
日の下に新しいものはなしと言うことわざがあるように、
恒に夢とロマンを求め、暗黒の宇宙にも、あくなき色彩をもとめて!


サンメディア
TEL:078-682-3670 FAX:078-682-3801
E-mail:mail@sun-media.info
【平成5年 全国チラシ・ダイレクトメール事務用印刷物コンクール入賞】

モノクロ〜カラー写真集

製版・印刷・製本までのトータル価格(50部から)
規 格 部 数 価 格
4/32ページ
(カラー変換10点を含む)
200部  600,000円
4/16ページ
(カラー変換8点を含む)
200部  400,000円
4/ 8ページ
(カラー変換4点を含む)
200部  150,000円
全国送料無料
変換写真の他に通常の写真も価格内で組み込めます。
テキストデータをご用意下さい。
 弊社で文章を入力する場合は、追加料金にて承ります。


モノクロ写真のカラー変換
規 格 部 数 価 格
A4カラー変換プリント 2枚 50,000円
6カラー変換プリント 2枚 35,000円
全国送料無料・パネル代は別途料金




滋賀県 福泉寺 様より、カラー化の依頼がありました。(掲載承諾済)

福泉寺TEL077−587-0243(代)


マウスポインタをのせると写真が変化します。

●釣り鐘

昭和17年12月7日の写真です。

 戦争に突入して鉱物資源の不足していた我が国では、家庭用品から佛具にいたるまでの、あらゆる金属を応召と言う名のもとに徴発しました。
 当時の日本男子は、一旦応召されれば、赤い襷を肩に掛け、故郷を後にして入営して行きました。
 この日、応召された「釣り鐘」は、兵隊とよく似た臙脂(エンジ)色の襷を支給され、それを竜頭に巻いて出征して行きました。
 当時の事を思い出すと、エンジ色の襷が脳裏に残ります。


●内陣の写真

 応召されたのは、梵鐘(釣り鐘の別名)ばかりではありません。内陣の佛具や半鐘も、エンジの襷を巻いて召されて行きました。
 寺役員が揃っての送別写真です。(中川藤九郎、苗村寅吉、中川乙松、今西栄吉、苗村安藏、各氏の顔が見えます)

 不思議なことに、中央に写っている半鐘は、応召後、各地を四十年間流転の末、回り回って元の福泉寺に復員してきました。
 ただ今は休養中で、次の出番を待っています。


●記念写真

昭和17年12月7日、釣り鐘との記念写真

 永年に刻を知らし、急を告げて来た鐘を堂から降ろし、出陣の前に檀中だけで記念写真を撮りました。釣り鐘は、生まれて初めて横になったのではないでしょうか?代八に乗せられ、横たわっています。
(代八車は、判 亀吉氏 所有の物)

 この撮影より、六十五年が経過しました。写真の中で生存が確認出来るのは、四名だけになりました。
−後世安穏 福寿無量−を念じます。


●出陣

昭和17年12月8日、洪鐘(釣り鐘の別名)の出陣式

 祗王國民學校の運動場に、供出寺院九箇寺の洪鐘と住職、總代が勢揃いして、忠魂碑の前で壮行会が開かれました。
 全校生徒の整列した前で、森下徳太郎村長が「祭文」を読み、列席寺院の誦経が流れ、各寺の總代が焼香を捧げました。
 それは、釣り鐘の「生前葬」のように思えたものです。
 因みに、この日に応召された九個の鐘は、現在に至るまで、元の寺院に帰還したものは一つもありません。
−写真は忠魂碑に登って撮影−


●鳥瞰図

屋棟川堤防からの撮影

 現在の祗王明照保育園の設置場所には「屋棟川」という天井川が流れていました。
 昭和十七年当時に、その堤防から撮影した福泉寺の鳥瞰写真です。本堂の棟の高さは変化していませんので、三次測点を用いれば、写真の上でも堤防の高さが測定することが出来ます。
 この写真はデジタル技術を酷使して昔の色彩を甦らすことに成功しました。その特性は、特に風景の撮影に於いていちじるしく、当時の空気までをも映し出すことが出来たように思われます。
 この写真から澄み切った当時の田舎の空気とニオイまでもが感じられませんか。


●釣り鐘

 この数葉の写真は、父の兄に当たる高木勇氏(名古屋在住)が撮影して現代に残してくれたものです。
 最近に至り、昔の白黒写真に往年の色彩を甦らす技術が開発されたことを聞き、父の十七回忌、母の二十三回忌の平成十八年を記念して、伯父の遺作の復元を、依頼しました。

 昭和の時代は、栄光の時代でもあると同時に、前半は苦難の時代でした。
 特に物資不足の中で、小庵を維持し、乏しい中で不良息子を育ててくれた両親にこの一帖を捧げます。

愚息 良 昌 拜

カラー化マニュアル

当社ではカラー印刷のもとになっているカラーチャートをモノクロにして、
そこから色を再現する方法を考案しました。
改良を重ねていくうち、モノクロ→カラー化のマニュアルができました。




モノクロ写真をカラー原稿に!!

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あなたの懐かしい思い出の白黒やセピアの写真 を今までと違った観点から見直し、自費出版でカラー化してみませんか?

一段と冴えますよ!